富山鹿島町教会


礼拝説教

「ダビデとゴリアト」
サムエル記上 第17章1〜58節
ヘブライ人への手紙 第11章32〜34節

 月の最後の主の日には、旧約聖書サムエル記上よりみ言葉に聞いております。本日はその第17章、よく知られた、ダビデとゴリアトとの一騎打ちの場面です。  時は、イスラエルの最初の王サウルの治世です。当時のイスラエルにとって、またサウル王にとって、国を脅かす最大の敵はペリシテ人でした。サウルが王になったのは、民を率いてペリシテ人と戦うためであったと言っても過言ではありません。「パレスチナ」という地名のもとになったペリシテ人は、イスラエルを繰り返し脅かし、幾度も戦いが繰り返されたのです。このたびも、ペリシテ人の軍勢が押し寄せて来ました。サウルもイスラエルの兵士たちを率いて陣を敷きました。エラの谷という所をはさんで、両軍が睨み合ったのです。

 この時のイスラエルの人々の状態は決してよいものではありませんでした。これまでに読んできた所に語られていたように、主なる神様のみ心は既にサウル王を離れてしまっていました。16章14節以下にあったように、主の霊はサウルを離れ、悪霊が彼を苦しめるようになっていたのです。しかし形の上ではサウルがなおイスラエルの王です。イスラエルの人々は、神様に見捨てられ、悪霊に苦しめられている王の下で敵と戦わなければならなかったのです。そのような状態で兵士たちの士気が上がるわけはありません。彼らは戦う前から基本的に恐れにとりつかれてしまっているのです。ペリシテの陣地から一人の兵士が進み出て、一騎打ちで戦さの勝敗を決しようと言い出した時に彼らが抱いた思いにそれが現れています。11節にあるように「サウルとイスラエルの全軍は、このペリシテ人の言葉を聞いて恐れおののいた」のです。

 彼らが恐れおののき、一騎打ちに応じようとする者がなかったのには、理由がないわけではありません。ペリシテ軍から一騎打ちを申し出て来た兵士は、ゴリアトといって、その様子や出で立ちが4節から7節にかけて語られています。背丈は六アンマ半、これは約3メートルです。青銅5千シェケルの鎧をつけている、これは約57キロの重さです。槍の穂先が鉄6百シェケル、これは約6.8キロです。そんな槍を振り回すとてつもない大男が一騎打ちを挑んできたのです。誰もが震え上がって応じようとしないのは、当然と言えば当然なのです。16節によれば、ゴリアトは40日の間、朝な夕なやってきて、同じ所に立ち、同じ言葉をもって一騎打ちの相手を求めました。そして24節によれば、イスラエルの兵士たちはその都度、後退し、甚だしく恐れたのです。毎日、朝も夕もこのような挑戦の言葉を聞かされ、誰もそれに応じることができない、という状態が続いていくのは、もうこの戦さは負け、というのと同じです。イスラエルの人々の間には、そういうあきらめ、絶望感が支配していたのです。

 そこに、ダビデが登場します。12節以下に彼のことが改めて紹介されています。ダビデはベツレヘムのエッサイの8人の息子の末っ子でした。サムエル記はこの前の16章において、このダビデが神様によってイスラエルの新しい王として選ばれ、サムエルによって油を注がれたことを既に語りました。また、悪霊に苦しめられるようになったサウル王の心を、竪琴を弾いて慰めるために、ダビデがサウルの宮廷に召抱えられたことをも語りました。ところが、この17章になると、ダビデが全く初めての登場人物であるかのように扱われています。特に最後の55節以下を読むと、サウルがダビデのことをこの日まで全く知らなかったような書き方になっています。16章と17章の間には明らかに矛盾があるのです。このことは、サムエル記の素材となった様々な物語の間の食い違いがそのまま残されたということであると思われます。羊を飼う少年であったダビデが、サウルに代わってイスラエルの王となっていった、そのダビデの、世間の言葉で言えば出世の物語は様々な形で伝えられていたのでしょう。サムエルから密かに油を注がれ、サウルに仕える者として召抱えられるところから彼の出世が始まった、という話もあれば、ペリシテとの戦いにおいてゴリアトと一騎打ちをして勝ったことから取り立てられていったのだ、という話もあったのでしょう。サムエル記の著者は、それらの様々な物語を織り交ぜながら、サウルからダビデへの王権の交代を語っているのです。著者がその素材と素材の間の食い違いを調整しようとした痕跡も見受けられます。それは15節です。「このダビデは行ったり来たりして、サウルに仕えたり、ベツレヘムの父の羊を世話したりしていた」。これは、16章と17章の話のつながりをつけるために著者が書き加えた文章であると思われます。しかし完全に調整はしきれなくて、矛盾する記述が残ってしまっているのです。  そういうわけで、17章においては、ダビデは、父の羊の群れの世話をしている一人の少年です。8人の兄弟たちの中の、上の三人はサウル王のもとでペリシテ人との戦いに加わっていました。ダビデはまだ戦いに出るだけの年齢ではなかったのです。ある日ダビデは父エッサイから、戦場に出ている兄たちへのお使いを命じられます。17、8節「さて、エッサイは息子ダビデに言った。『兄さんたちに、この炒り麦一エファと、このパン十個を届けなさい。陣営に急いで行って兄さんたちに渡しなさい。このチーズ十個は千人隊の長に渡しなさい。兄さんたちの安否を確かめ、そのしるしをもらって来なさい』」。このことによってダビデは、ペリシテ人との戦場に行くことになったのです。イスラエルの陣営に着き、兄たちの安否を確認しているところに、いつものようにゴリアトがやって来て、一騎打ちの相手を求めました。しかしイスラエルの兵士たちは皆恐れて誰も応じようとしません。サウル王は、ゴリアトの挑戦を受けて立ち、彼を倒した者には、莫大な賞金と、王女との結婚を約束していましたが、それでも、誰も敢えてゴリアトに立ち向かおうとする者はなかったのです。

 この様子を見たダビデは、「あのペリシテ人を打ち倒し、イスラエルからこの屈辱を取り除く者は、何をしてもらえるのですか。生ける神の戦列に挑戦するとは、あの無割礼のペリシテ人は、一体何者ですか」と言いました。この言葉は、ゴリアトの挑戦など大したことではない、すぐにでも打ち破ることができるものだ、という響きを持っています。それを聞いた長兄エリアブは腹を立てました。「若造のくせに生意気なことを言うんじゃない。おまえに戦いのことなど分かるか」ということです。この兄の気持ちはわかります。自分たちがどうしようかとさんざん頭を悩ませ、それでもどうしようもない、という苦しい状態にある時に、状況を何も知らない少年がやってきて、「こんなの大したことではない」なんて言ったら、誰でも腹を立てるのです。しかし、ダビデが言った「生ける神の戦列に挑戦するとは、あの無割礼のペリシテ人は、一体何者ですか」ということこそ、サウルを始めとして、イスラエルの軍勢の誰もが見失ってしまっていた大切なことだったのです。イスラエルは生ける神の民です。神様が彼らと共におられるのです。それに対してペリシテ人は「無割礼」の民です。それは神様の民とされていない、神様の守りの下にいない、ということです。その者たちが、不遜にも生ける神の戦列であるイスラエルに挑戦してきている。何を恐れることがあるだろうか、とダビデは言ったのです。

 ダビデはサウル王の前でも同じように言いました。32節「あの男のことで、だれも気を落としてはなりません。僕が行って、あのペリシテ人と戦いましょう」。サウルの兵士たちの誰もしようとしなかったことを、まだ戦さに出る年になっていない少年がすると言ったのです。サウルは、「お前が出てあのペリシテ人と戦うことなどできはしまい。お前は少年だし、向こうは少年のときから戦士だ」と言いました。「お前には無理だ」ということです。しかしダビデはさらにこう言いました。「『僕は、父の羊を飼う者です。獅子や熊が出て来て群れの中から羊を奪い取ることがあります。そのときには、追いかけて打ちかかり、その口から羊を取り戻します。向かって来れば、たてがみをつかみ、打ち殺してしまいます。わたしは獅子も熊も倒してきたのですから、あの無割礼のペリシテ人もそれらの獣の一匹のようにしてみせましょう。彼は生ける神の戦列に挑戦したのですから。』ダビデは更に言った。『獅子の手、熊の手からわたしを守ってくださった主は、あのペリシテ人の手からも、わたしを守ってくださるにちがいありません』」。

 このダビデとゴリアトの戦いの場面は、教会学校でも、紙芝居などでよく子供たちに見せます。そういう教材を見ると、ダビデは小学生ぐらいの子供として描かれています。「少年ダビデ」の物語に私たちはそういうイメージを持ってしまうことが多いのです。しかし、今読んだダビデの言葉から、私たちはそういうイメージを修正しなければならないでしょう。ダビデは羊の群れの世話をしていた、それは決して子供のお手伝いというような仕事ではないのです。羊飼いの仕事は、単に群れが迷子になってしまわないように番をし、牧草や水にありつけるように導くだけではありません。獅子や熊が羊をねらって襲ってくるのです。そういう猛獣と戦い、羊を守ることが羊飼いの仕事なのです。ダビデはそういう働きをしていた。ですから彼は私たちの感覚で言えば、少年と言うよりも、もう立派な青年です。猛獣と渡り合い、倒すことができる力を彼は持っているのです。そしてだからこそ、サウル王も彼の言葉に耳を傾け、彼をゴリアトとの一騎打ちに遣わしたのです。そうでなければこれは、サウルが年端も行かない子供を危険な一騎打ちに送ったという非常識な、無責任極まりない話になってしまうのです。

 サウルはダビデを一騎打ちに遣わすに当って、彼に自分の戦いの装束を着せました。兜と鎧と剣です。これはダビデに対する最大限の好意と援助の気持ちの現れです。しかしダビデはそれらを使いこなすことができません。そんなものを身に着けたのは生まれて初めてだったのです。彼は「こんなものを着たのでは、歩くこともできません。慣れていませんから」と言ってそれらを脱ぎ去り、いつも羊の群れを飼う時に使っている杖と、石投げ紐のみを持ってゴリアトに向かって行ったのです。このことは、単にダビデはサウル王ほどの体格がなかったとか、武具の扱いに慣れていなかったというだけのことではなくて、もっと象徴的な意味を持っています。ダビデは、戦士としてではなく、羊飼いとしてゴリアトに立ち向かったのです。彼が手にした武器は、兵士の武具ではなくて、羊の群れを猛獣から守るための羊飼いの武器だったのです。言い換えれば彼は、人間の力、戦力を頼みとするのではなく、獅子の手、熊の手から彼を守って下さる主なる神様を頼みとして、ゴリアトに向かって行ったのです。

 ゴリアトはダビデを見て「わたしは犬か。杖を持って向かって来るのか」と言いました。こんな若造が、鎧もつけず、剣も槍も持たずに杖一本で向かってくるとは、おれのことを犬だとでも思っているのか、ということです。おまえのようなやつは、一ひねりでやっつけてやる。それに対してダビデが語った言葉が、この物語のクライマックスです。「お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るが、わたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。今日、主はお前をわたしの手に引き渡される。わたしは、お前を討ち、お前の首をはね、今日、ペリシテ軍のしかばねを空の鳥と地の獣に与えよう。全地はイスラエルに神がいますことを認めるだろう。主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集まったすべての者は知るだろう。この戦いは主のものだ。主はお前たちを我々の手に渡される」。剣や槍や投げ槍で向かって来るゴリアトに対して、ダビデはイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によって立ち向かうのです。この戦いは主のもの、主の戦いです。主がゴリアトをわたしに引き渡して下さる、つまり打ち破らせて下さる。そのことによって、全地はイスラエルに神がいますことを認めるようになる。そしてここに集まったすべての者は、主は救いを賜わるのに剣や槍を必要とはされないことを知るのです。

 一騎打ちそのものの描写はあっけないほどに簡単です。ダビデが石投げ紐で投げた石がゴリアトの額に当たり、ゴリアトは気絶して倒れます。その隙にダビデはゴリアトの剣を抜いて止めを刺し、首をはねたのです。それを見たペリシテ人は恐れをなして逃げ、イスラエルは追撃して大勝利を得ました。しかしこの物語が、この戦闘の勝利や、一騎打ちの様子を中心に描こうとしているのではないことは、この語り方から明らかでしょう。先程読んだダビデの言葉こそ、この物語の中心なのです。

 そのダビデの言葉の中の47節前半に注目したいと思います。「主は救いを賜わるのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集まったすべての者は知るだろう」、という言葉です。「ここに集まったすべての者」というのは、戦場にいる兵士たちのことを言うにはちょっとおかしな言葉です。この言葉は口語訳聖書では「この全会衆」となっていました。これは、イスラエルの人々の集まり、会衆を意味する言葉なのです。つまり、「ここに集まったすべての者」とは、この戦場に集まっている敵も味方も含めた全ての者、という意味ではなくて、もっぱらイスラエルの民のみを指しているのです。旧約聖書において、イスラエルの民の集まり、会衆を表す言葉には二種類あります。「エーダー」という言葉と「カーハール」という言葉です。この二つは、かなりまぜこぜに使われていて、そう意味の違いはないのですが、言葉の成り立ちからすると両者には違いがあります。「エーダー」の方は「集まる」という言葉から来ているのです。ですからそれは「集まった者たちの群れ」ということになります。それに対して「カーハール」の方は、「呼ぶ」という言葉から来ています。こちらは「呼ばれた者たちの群れ」ということになります。つまり、同じ「集まり、会衆」でも、人間が自分の意志で集まった集まり、会衆と、神様によって呼ばれ、集められた集まり、会衆、というニュアンスの違いがあるのです。そして後にこの二つの言葉がギリシャ語に訳されていった時に、「エーダー」の方は「シュナゴーゲー」と訳されました。それはギリシャ語の「集まる」という言葉から来ているもので、その言葉が「シナゴーグ」、つまりユダヤ教の会堂を指す言葉となっていったのです。それに対して「カーハール」の方は「エクレーシア」と訳されました。それはギリシャ語の「呼ぶ」から来た言葉で、「呼び集められた群れ」という意味になります。そしてこの「エクレーシア」こそ、「教会」と訳されている言葉なのです。本日の47節で、「ここに集まったすべての者」と訳されているのは、「カーハール」です。つまり、主に呼び集められた者たちの群れであるイスラエルの民です。イスラエルが、「主は救いを賜わるのに剣や槍を必要とはされない」ことを知らされるのは、自分たちが主なる神様によって呼び集められた神の民であることを自覚することによってなのです。自分たちを呼び集め、ご自分の民として下さったその主が、人間の力によってではなく、神様ご自身の力によって救いを与えて下さるのです。神様の民、カーハールとして生きるとはそういう自覚を持つことです。それこそ、この時イスラエルの民が失ってしまっていたものであり、そのために恐れに支配されてしまっていた原因だったのです。ダビデのゴリアトとの戦いと勝利は、イスラエルの民に、このカーハールとしての自覚を取り戻させるためのことだったのです。そしてそれは今日、新しいカーハール、神様が新たに呼び集めて下さったエクレシア、主の教会の一員として生きることを許されている私たちのためのことでもあります。私たちがここにこうして集まり、礼拝を守っているのは、私たちの意思で集まったと言うよりも、神様が私たちを多くの人々の中から選び出し、呼び集めて下さったからです。呼び集めて下さった神様は、剣や槍によってではなく、つまり人間の力によってではなく、神様ご自身の力によって、私たちを救い、守り、導いて下さるのです。

 ダビデは、神様の力によってゴリアトを打ち破りました。それによってイスラエルの民は、自分たちが神様に呼び集められた神の民、カーハールであることを知らされました。私たちの場合はどうなのでしょうか。私たちの中には、ゴリアトを打ち破るダビデがいるのでしょうか。新約聖書は、このダビデの子孫として、主イエス・キリストがこの世に来られたことを語っています。主イエスこそ、私たちにとってのダビデです。私たちは主イエスによって、神様が人間の力によらず、私たちを救って下さることを知らされるのです。しかしそのことは、ダビデの場合とはいささか違った仕方で実現しました。主イエスはダビデのように、大男ゴリアトを倒すという輝かしい勝利をあげられたのではなかったのです。むしろ主イエスは、捕らえられ、十字架にかけられて殺されました。当時のユダヤ人の指導者たち、またローマ帝国の権力、それをゴリアトにたとえてみるならば、主イエスはそのゴリアトに押しつぶされ、殺されてしまったのです。しかしそれは主イエスの敗北ではありませんでした。この十字架の死によって、神様は私たちの罪を赦して下さり、和解の恵みを与えて下さったのです。そして主イエスは三日目に復活されました。神様の恵みが、死の力にも勝利して、新しい、永遠の命が主イエスに与えられたのです。主イエスはそのようにして勝利を得られました。しかしその勝利は、ダビデのゴリアトへの勝利とは違って、敗北を通しての勝利、十字架の死を経ての復活の勝利なのです。私たちは、この主イエスによって、神様の救いの恵みを示されています。そしてそこに、イスラエルの民に与えられた以上の、神の民としての幸いがあるのです。ダビデはゴリアトに勝利したことによって神様の恵みを示しました。勝利こそが恵みの印なのです。しかし主イエス・キリストにおいては、事はそう単純ではありません。主イエスの勝利は敗北を通した勝利であり、人間の目から見ればむしろ敗北そのものである十字架の死に、神様の大きな恵みが隠されているのです。主イエスによるこの恵みを示されている私たちは、自分たちが神様の民、カーハールであることの印を、勝利の中だけに見ることから解放されているのです。苦しみや悲しみにうちひしがれてしまう、そうなったらもうそこには神様の恵みはない、救いはない、ということではないのです。むしろ、その苦しみ悲しみの中で、十字架の死を引き受けて下さった主イエスが共にいて下さることを、私たちは知らされているのです。私たちに挑みかかってくるゴリアト、私たちが、自分の力、人間の力でとうてい立ち向かうことができない、ひとたまりもなくやられてしまうしかないゴリアト、その決定的なものは死であると言えるでしょう。死の力こそ、私たちがどんなことをしても最終的にはかなわない、私たちを打ち滅ぼす力なのです。主イエス・キリストはこの死の力に打ち勝たれました。しかしそれは、ご自身の死を通してでした。ゴリアトに打ち倒されてしまう、その苦しみを受けられた主イエスに、父なる神様の力が働き、復活の勝利が与えられたのです。私たちはそのことを示されています。それゆえに私たちは、死の床においても、神様の民、その救いにあずかるカーハールの一員であることができるのです。私たちが死というゴリアトに打ち倒され、敗北する、その時にも、「あなたは私が選び、呼び集めた私の民だ、私があなたを救う」という神様のみ声が響くのです。主はそのようにして私たちのまことの羊飼いであって下さる。それゆえに私たちは、詩編23編の4節にあるように、「死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける」と歌うことができるのです。

牧師 藤 掛 順 一
[2000年7月30日]

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