富山鹿島町教会

イースター記念礼拝説教

「復活の希望に生きる」
詩編 16編1〜16節
マタイによる福音書 28章1〜10節

小堀 康彦牧師

1.イースターを迎えて
 今朝私共は、イエス様の御復活を祝う礼拝を捧げるためにここに集っております。イエス様が十字架にお架かりになって死んで、三日目に復活された。この出来事は、二千年前にただ一度起きた出来事でありますけれど、遠い昔に起きた昔話ではありません。この出来事によって、イエス様を信じる私共もまた復活するのだ。肉体の死では終わらない、永遠の命に生かされているのだ。だから、どんなに苦しい困難な状況の中にあっても、これで終わりではない。次がある。神様の御手の中にある明日を信じて生きる。そのような力ある希望に生きる者とされたのです。何故なら、復活されたイエス様は今も生きて働き、死を打ち破った方として、私共と共にいてくださるからです。イエス様の復活は、単に死体が生き返ったということではないのです。死を打ち破り永遠に生き給う神の独り子として、天の父なる神様と共にすべてを支配するお方として、私共と共に生きるお方となられたということなのです。
 使徒パウロは、ガラテヤの信徒への手紙3章26〜27節でこう告げました。「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。」私共がイエス様を信じるということは、単なる心の問題などではないのです。イエス様を信じるということは、イエス様に結ばれて、イエス様が神の子であられるように、神の子とされる。神様が私共を「我が子よ」と呼んでくださる、そのような者にされるということなのです。イエス様を信じる者は、イエス様を着るのです。イエス様にすっぽり包まれ、覆われるのです。イエス様は私共をすっぽり包んでくださって、すべての悪しき力から守ってくださるのです。そして、神様はイエス様にすっぽり包まれた私共を、イエス様と同じように見てくださり、ただの罪人に過ぎない私共、滅びるしかない私共を、神の子としてくださる。イエス様を愛されたように、私共をも愛してくださるということなのです。この驚くべき救いの恵みに私共は与っているのです。そのような恵みはどこから来たのか。それがイエス様の十字架と復活によってなのです。

2.復活の命に生き始めている私共
 イエス様の十字架と復活は、一つながりの出来事です。イエス様の十字架は、私のために、私に代わって罪の裁きをお受けになった。ありがたいことだ。私共はそのように受け止める。しかし、復活というのはよく分からない。ピンとこない。そういう方がおられるかもしれません。私自身がそうでした。正直に申しますと、洗礼を受けた時もよく分かりませんでした。イエス様の十字架は分かる。ありがたいと思った。だからこの方は私を見捨てないと信じたし、この方と一緒に生きていきたい、今後この方を悲しませることはするまい、そう思った。でもこの時、復活はよく分からなかったのです。イエス様の復活は、十字架の「おまけ」のように感じていました。イエス様の十字架で十分。そんな感じでした。しかもそのような期間は、洗礼を受けて十年以上続いたと思います。神学校の最終学年になって、やっと分かった。何とか間に合ったというところです。この「復活」が分からない内は、神学校を卒業出来ないと思っておりました。
 何故、神学校に行ってもなお復活が分からなかったのか。どこかで「おまけ」のように感じていたのか。多分、一番の理由は、私はその頃20代で若かったですから、自分が死ぬということを現実のこととして考えたことがなかったからではないかと思います。私が洗礼を受けたのは20歳の時です。自分の死はずっと向こうのことでした。まして、その後の復活はもっと遠かった。そういうことなのでしょう。イエス様の十字架はありがたいと思う。しかし、復活の命に与るというのはよく分からない。それが若い20代の時の私の信仰でした。しかし、今思いますと、私は確かに復活の命がよく分からなかったですが、それは私が復活の命に与っていなかったということではない。私は分からなかったけれど、既に復活の命に与っていた。今ならそのことがはっきり分かります。私共はややもすると、「救われる、救われている」ということと、「救いということが分かる」ということを、同じように受け止めているところがあるのではないかと思います。しかし、救いということがよく理解出来なくても、よく分からなくても、何とも説明出来ず、どのように話せば良いのか分からなかったとしても、既に救いに与っている。そういうことがあるのです。私のために十字架にお架かりになってくださったイエス様を「ありがたい」と思い、この方と一緒に生きていきたいと思う。この方を悲しませる歩みはするまいと思う。それは、もう既にイエス様の復活の命に与っている、復活の命の中に生き始めているということに他ならないからなのです。今なら、そのことがよく分かるのです。
 先程、十字架と復活は一つながりの出来事だと申しました。信仰によって私共はイエス様と一つにされるのだという、パウロの言葉を見ました。イエス様と一つにされるということは、罪人である私がイエス様の十字架と一つにされて死ぬということであり、それは同時に、復活のイエス様と一つにされて肉体の死を超えた命の希望の中に生きるということです。これは一つながりのことです。罪人としての自分を憎み、イエス様と一緒に生きたいと思った。それは既に、イエス様の十字架と一つにされて私は死に、復活されたイエス様の命の中を生き始めていたということなのです。復活ということがよく分からなかった。しかし、その時既にイエス様の復活の命に与り、復活の命の中に生き始めていたのです。復活というのは確かによく分からない、信じ難いことです。しかし、イエス様の十字架が私のためだということが分かったならば、そしてこれから新しくされたいと願ったならば、イエス様と共に生きていきたいと思ったならば、その人は既にイエス様の復活の命に与っている。復活の命の中に生き始めているのです。

3.転がされた石
 今朝与えられている御言葉には、イエス様が復活の姿を二人の女性に、マグダラのマリアともう一人のマリアに現されたという出来事が記されております。
 1節「さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に」とあります。安息日は土曜日です。当時の一日の数え方で言えば、金曜日の日没と共に安息日が始まり、土曜日の日没までが安息日となります。安息日には何も出来ません。彼女たちは、金曜日に十字架にお架かりになったイエス様のことを思いながら、安息日の土曜日を過ごしたことでしょう。しかし、安息日が終わったといっても、夜中に墓場へ行く人はいません。彼女たちは、東の空が白々としてくる頃、今の季節ですから朝の4時半か5時頃、家を出て、イエス様の墓へ行ったのです。他の福音書では、彼女たちはイエス様の遺体に塗るための香料を持って墓へ向かったと記されています。いずれにしても、自分たちの愛するイエス様が死んでしまった。その遺体にすがるような思いで墓へ向かったのでしょう。この時、彼女たちはイエス様が復活しておられるかもしれないとは露ほども思っていなかった。愛する者を失った悲しみだけを携えて、彼女たちはイエス様の墓へ向かったのです。イエス様の死によって、もうすべてが終わってしまったかのような喪失感を味わっていたことでしょう。
 2〜3節「すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。」当時の墓は横穴です。そこに遺体を納め、大きな石で入り口をふさぐのです。その石が地震と共にわきに転がされ、天使が降ってきて座った。この石がわきへ転がされたのは、復活されたイエス様が墓から出ていくためではありません。復活されたイエス様は、ヨハネによる福音書によれば、鍵をかけてある部屋にも入って来ることが出来る方なのですから、石でふさがれていても墓穴から出るのに困りはしなかったのです。この石がわきへ転がされたのは、イエス様の墓に来た人が墓の中を見て、空っぽであることを確認出来るためだったのです。だから天使はマグダラのマリアたちに「さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。」(6節)と言ったのです。

4.復活させられる
 天使は婦人たちに言います。5〜6節「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。」この言葉を聞いて、彼女たちがイエス様が復活されたことをすぐに理解したとは思えません。あると思っていた場所にイエス様の遺体がない。復活したと言う。しかも言っているのは、見たこともない天使。頭の中は混乱の極みだったことでしょう。イエス様の復活というのは、誰かに言われて、すぐに「それは良かった。何と素晴らしいことか。」と言えるようなことではないのです。私などは、洗礼を受けて十年以上もの間、説教の中で何度も何度も聞いても、ピンとこなかったのですから。死んだら終わり。みんなそう思っている。しかし、イエス様は終わらなかった。
 ここで「復活なさった」と訳されている言葉は、正確には「復活させられた」という言葉です。イエス様は御自分の力で復活されたのではないのです。父なる神様が復活させられたのです。これは大切なことです。イエス様は神の御子であるから御自らその力で復活されたということならば、罪人である私共には関係のないことになるでしょう。イエス様は神の御子だから復活出来たけれども、私共は復活出来るはずがないということになってしまう。しかし、イエス様は父なる神様によって復活させられたのです。だから、信仰においてイエス様と一つにされ、イエス様を着た私共は、父なる神様によって、イエス様と同じように「復活させられる」ことになるのです。しかしこの時、彼女たちにはまだそのことは分かりません。

5.ガリラヤにて
 天使は続けてこう告げます。7節「それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」彼女たちは、何が何だか分からないけれど、弟子たちに伝えよと言われたものですから、弟子たちのところへ行ってとにかく伝えなければならない。そう思って急いで墓を立ち去り、走って行ったのです。この時の婦人たちを、8節「恐れながらも大いに喜び」と記します。天使に会った。イエス様が復活されたと告げられた。これは聖なる体験ですね。恐ろしかった。でも告げられた内容は、愛するイエス様の復活という、もしそれが本当なら喜びの叫びを上げたくなるような、途方もない喜びの知らせでした。この喜びの知らせに、彼女たちは喜び始めています。でもまだその喜びは爆発していません。そして、急いで墓を立ち去り、弟子たちの所に走ったのです。

6.復活のイエス様を拝む
 そして、弟子たちの所に行く途中で、復活のイエス様が彼女たちにその姿を現されたのです。9節「すると、イエスが行く手に立っていて、『おはよう』と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。」この「おはよう」という訳は、ちょっと軽すぎると思います。口語訳の「平安あれ」の方が良いと思います。元々「喜べ」という意味の言葉で、挨拶に用いられていた言葉なので、朝だから「おはよう」と訳したのでしょう。
 彼女たちは復活のイエス様に出会って、イエス様を拝んだのです。「ひれ伏した」と訳されている言葉は、神様を拝み、礼拝する時に使われる言葉です。彼女たちは、イエス様を神様として礼拝したのです。これがキリスト教会最初の礼拝だったと言って良いでしょう。彼女たちはイエス様を神の子として信じていた。しかし、神様として礼拝することは今までなかった。けれども、この復活の朝、彼女たちはイエス様の足を抱いて、神様として礼拝したのです。それは、爆発するような喜びの中での礼拝でした。キリスト教会の礼拝は、この復活されたイエス様を神様として拝む、そこに成立したものなのです。私共は今朝、誰を拝みにここに集っているのか。復活されたイエス様です。復活されたイエス様がここにおられる。そのお方を拝んでいるのです。そのお方が、我が肉を食え、我が血を飲め、わたしの命に与れと、御自身を差し出してくださる。ここに私共の礼拝があるのです。

7.十字架と復活は一つながり
 十字架と復活は一つながりと申しましたが、弟子たちにとっては、復活の方が先に分かったことでしょう。私の場合は、十字架が先でした。どちらが先でも良いのです。十字架と復活は一つながりのことなのですから。十字架が分かったとき既に復活の命に与ったように、復活が分かったとき既に十字架の赦しにも与っているのです。
 イエス様が復活されてその御姿をマグダラのマリアたちに見せたとき、イエス様の手はどうだったでしょうか。聖書には記されていません。しかし私は、イエス様は手のひらを彼女たちに見せるようにして両手を広げておられたと思います。もし、イエス様が手のひらを自分の方に向けて、両手を自分の前に垂らしていたら「ウラメシヤ〜」になってしまいます。ちっとも喜びにならない。復活のイエス様が弟子たちに会われたとき、イエス様はすべてを赦すお方として会われたのです。だから「ガリラヤで」なのです。十字架にお架かりになられるために捕らえられたとき、弟子たちはイエス様を見捨てて逃げた。しかし、もうそんなことはどうでもいい。私は確かに十字架に架けられて死んだ。しかし、ほら、生きている。もう一度、やり直そう。それが復活されたイエス様が弟子たちと出会われたということなのです。

8.M姉の訪問聖餐と召天
 週報にありますように、先週の月曜日、M姉が天に召されました。Mさんは一人娘のおられる天理市に昨年の11月転居されたばかりでした。先週の日曜日の午後に娘さんから、「声をかけても反応がない、今日明日中と医者から言われた。」と連絡があり、次の日の月曜日午前11時頃、「今、亡くなりました。」と連絡がありました。火曜日に天理市へ行って葬式をしてまいりました。S夫妻とMさんが同行してくださいました。
 Mさんが今年に入って急速に弱くなっていると伺っていたので、今月の7日に天理に行って訪問聖餐をしてきました。本当に痩せて、返事の声も聞きにくいほどでした。しかし、主の祈りをしっかりされ、讃美歌を口ずさみ、アーメンとはっきり言っておられました。もう長くはないということは、家族の方々も私共にも分かりました。そこで共に聖餐に与る。それは、私はイエス様と一つにされた者だ。私の命はイエス様の復活の命に既に飲み込まれた。私の命は肉体の死で終わるものではない。イエス様と一緒に神の国で共に食卓につくことになる。そのことを思い起こすためです。もう地上の命は長くはない。そのことを知りつつ、この肉体の命を超えた命に、イエス様によって与えられた復活の命に眼差しを向けるのです。

9.何があっても大丈夫
 私共が今から与る聖餐において、私共はイエス様の十字架による罪の赦しと復活による永遠の命に与ります。十字架だけではありません。復活の命です。
 私共は、地上の生活にあっては様々な問題を抱え、困難も苦しみも嘆きもある。そして、やがて死を迎えます。しかし、私共は既にイエス様の復活の命の中に生き始めているのです。私共のすべてを飲み込んでしまう死。しかしその死は、既にイエス様の復活によって打ち破られました。死さえも打ち破って私共に永遠の命を与える神様が、私共を守ってくださる。導いてくださる。だから大丈夫なのです。何があっても、どんなことがあっても、大丈夫。それで終わりにはならない。肉体の死でさえ終わりではないのですから、どんなことがあっても大丈夫なのです。イエス様の復活の命の中で私共は、どんな時でも「大丈夫」と言える者とされているのです。
 この「大丈夫」と言えるというのは、私共が自分に向かって「大丈夫」と言えるというだけではありません。困窮のただ中にある人に向かってさえも、「大丈夫」と言えるということです。私共はその人のために、ほとんど何もしてあげることは出来ないでしょう。しかし、イエス様が共にいてくださるのです。だから大丈夫なのです。牧師とは、この「大丈夫」を言い続ける者として召された者なのだと思わされています。

[2016年3月27日]

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